シンガロングは悪か

先週末にエンジン01文化戦略会議 オープンカレッジin浜松に参加し、その中に「これからどうなる?僕らの音楽 CD?配信?コンサート?」というセミナーがあったので受講してきた。講師は立川直樹、小六禮次郎、千住明、東海林良(敬称略)の4名(うちJASRACの理事が2名)である。
SPレコードの話から始まり、より収録時間の長いLPレコードが登場した。SPレコードではとぎれとぎれになっていた楽曲が1枚で収録できるようになり、それをアルバムと呼ぶようになった。時代が移り変わってもレコード、CDの価格はあまり変化がなく、現在の貨幣価値に換算するとレコード1枚が2万円近い高級品だった。とてもお金が掛かり音楽鑑賞というのはとても高尚な趣味とされ、名曲喫茶やジャズ喫茶なども増えていった。そういった場所で聴くレコードの音というのは素晴らしく、その音質を知っていると現在のCDや配信されている音源の音質というものは聴けたものではない。等の話が続いた。
実体験を交えた話というのは生々しくてよかったのだが、この辺りから現在の音楽産業に対する批判がどんどん始まった。
レコードは音のデータが全て入っているがCDは可聴帯域以外はカットしているのでダメ(註:事実と異なると思われる)。70年代まではアルバム単位で聴かせるコンセプトアルバムなどが沢山あり充実した時代であったが、1981年にMTVが始まったことから、音楽に映像がつくようになっておかしくなった。またウォークマンが登場しヘッドフォンで聴くようになりダメになった。その次にカラオケがダメにした。カラオケで歌えるようにという依頼が作曲家にくるようになったのがいけなかった。コンサートでみんなで唄えるのはダメだ。配信は試聴できる部分だけ曲がよくてあとはダメなのが多い。打ち込みで曲を作るのはよくない。シンガロングダメ、リップシンクダメ、オートチューンダメ、もちろんAKBダメなど、他にも沢山あったと思うが、昔の技術や環境はよかったが、現在はぜんぜん駄目であるの繰り返しであった。
音楽業界の重鎮にしてこれである。音楽がこれからどうなっていくのか、なにひとつ提言や予測らしいものはなく、彼らなりの20世紀の正しかったモノに未だにすがりつき、明日はわからんといった態度。また技術的なハードルの高い低いとその音楽が素晴らしいかどうかは全く別の尺度であり、技術的な問題がクリアされ、新たな才能に表現する機会が与えられるのであれば、先人として温かく迎えるべきである「かかってこい。」と。そういう余裕すら感じられなかった。
「これからどうなる?僕らの音楽 CD?配信?コンサート?」という内容で多いに期待したところはあったが、これからどうすべきか専門家の立場から述べたような意見は全くないばかりか、昔の音楽や技術はよかったなどと宣うばかり。これがJASRACの理事含む音楽業界のエラい人なのだからどうしようもない。
CDが売れなくなったと言われてずいぶん経っているし、町のCD店のみならず大型店舗までもがバタバタと閉店している状況。では実際にどうなっているのか。公表されているデータでは音楽ソフトの生産金額は1998年の6,075億円をピークに一昨年はピーク時の46%まで低下、昨年は少し盛り返し51%といづれにしても半分にまで落ち込んでいる。と、ここまではよく語られているが有料音楽配信の話にならないのがほとんど。有料音楽配信は2009年がピークで約910億円、それからやや下降し2011年の実績で約720億円、2012年は第三四半期までで412億円、ピーク時には及ばないどころか対前年も割り込みそうな勢いだ。(数字は全て一般社団法人 日本レコード協会のデータによる)流通経費が掛からないし、パッケージがないのだから、配信の方が金額が小さくなってしまうのは仕方ないとも思える。またCDの販売数と音楽配信によるダウンロードが同じであったとすると、音楽配信の方が収益が少ないと言われている。また音源の販売での収益確保が難しくなってきているため、興行で収入を上げようとする動きは年々活発になってきており、音楽ソフトの生産がピークだった1998年のACPC(一般社団法人コンサートプロモーター協会)加盟56社の売上は710億円だったのに対し、2011年では1596億円とコンサートの売上は伸びている。音楽ソフト販売の市場規模は生産金額よりずっと大きいであろうから、CD販売の落ち込みは有料音楽配信やコンサート収入でカバーできそうもないが、人々のお金の使い方が変わってきているのは確かなようだ。それぞれでお金の行き先は異なるだろうから、著作権者や製造、流通など市場の構造は大きく変わってきたと思える。一部では以前と同じことをしても収益がガクンと下がって続けられなくなる者もいるだろうし、こういう構造の変化をどうしていくのかとか聞きたかったんだけど。
唯一よかったのは、最後に小六さんが、「技術が進歩していくのは止めようがないが、生身の人間が作る音楽を聴ける機会をなくさないようにしなければならない。」といったことくらい。その発言のあとやっぱりリアルでなくちゃだめだ、コンピューターはダメだなどと批判が始まり、どうしようもないのであった。
時間ギリギリまで放談は続けられ、講師がまず退席するという進行であったため、質問も出来ず、ガッカリした気分になった。

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